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神戸地方裁判所 昭和55年(行ウ)14号 判決

原告

内藤進夫

右訴訟代理人

岡田義雄

武村二三夫

冠木克彦

被告

兵庫県

右代表者知事

坂井時忠

右訴訟代理人

俵正市

寺内則雄

被告指定代理人

田中映一

外四名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対して雇用契約(任用関係)上の権利を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し、昭和五五年二月二一日以降一か月金一四万三三〇〇円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件失職通知に至る経緯について

原告は、昭和四七年四月一日付けで被告教育委員会に臨時職員として採用され、兵庫県立図書館設立準備室に勤務し、同年九月一六日付けで事務職員として本採用され、昭和四九年一〇月一日以降は、兵庫県立図書館(以下「県立図書館」という。)の開館にともない同図書館資料課に勤務していた。

2  本件失職通知について

ところが、被告は、原告に対し、昭和五五年二月二〇日、被告教育委員会名をもつて、原告が昭和五二年五月一〇日付けで失職した旨の通知(以下、「本件失職通知」という。)書を交付し、右通知の翌日から原告の就労申し出を拒否して賃金を支払わず、原告と被告との間における雇用契約(任用関係)上の地位を争つている。

3  原告は、昭和五四年一〇月一日の給与改定により、行政職四等級八号俸、月額金一四万三三〇〇円の給与の支給を受け、昭和五五年二月二〇日まで右同額の給与の支給を受けていた。

4  よつて、原告は、被告に対し、雇用契約(任用関係)上の権利を有することの確認及び本件失職通知のされた日の翌日である昭和五五年二月二一日以降一か月金一四万三三〇〇円の割合による給与の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因第1ないし第3項の各事実は認める。

三  被告の主張

1  原告は、昭和四四年当時龍谷大学文学部学生であつたが、同年九月二〇日、いわゆる「京大カルチェ闘争」に参加して往来妨害、兇器準備集合、公務執行妨害の各罪で起訴され、昭和五二年四月二五日、京都地方裁判所において懲役一〇月、執行猶予二年の判決を受け、同年五月一〇日右刑は確定し(以下「本件失職事由」という。)、その後、昭和五四年五月一〇日、右刑の執行猶予期間が満了した。

2  原告は、右の事実に基づいて、地方公務員法(以下、「地公法」という。)二八条四項、一六条二号により、昭和五二年五月一〇日当然に失職した。そこで、被告は、原告に対し、本件失職通知をしたものである(このように、原告が失職したものとして扱つている被告の措置を以下「本件失職措置」という。)。

3  従つて、原告の本訴請求は、いずれも理由がない。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張第1項の事実は認める。なお、原告が本件事件で起訴されたのは、昭和四四年一一月一日である。

2  被告の主張第2項及び第3項の各主張は争う。

五  原告の反論

1  自動失職制度の違憲性について

被告が本件失職措置の根拠とする地公法二八条四項、一六条二号の定める自動失職制度は、次に述べる理由により、違憲である。

(一) 自動失職制度と憲法一四条一項〈省略〉

(二) 自動失職制度と憲法三一条について〈省略〉

(三) 本件失職措置の適用違憲について〈省略〉

2  本件失職措置の違法性について

仮に、右1の主張が認められず、地公法二八条四項、一六条二号の定める自動失職制度が合憲であり、かつ、本件における運用も合憲であるとしても、以下に述べる理由により、本件失職措置は、なお違法である。

(一) 本件失職通知当時における失職事由の不存在について〈省略〉

(二) 本件失職通知の不当労働行為性について〈省略〉

(三) 新たな雇用関係の発生について〈以下省略〉

理由

一請求原因第1項ないし第3項並びに被告の主張第1項の各事実(本件失職措置当時の原告の地位、本件失職措置及び同通知の存在並びに本件失職事由の存在)は、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、本件失職措置の適否について検討することとする。

1  自動失職制度の合憲性について

被告が地公法二八条四項、一六条二号に基づき、原告が当然に失職したものとして原告に対する本件失職措置を取つたことは、当事者間に争いがないところ、原告は、地公法の右各条項が憲法一四条一項及び三一条に違反する旨主張するので、まずこの点について検討する。

(一)  地公法一六条二号は、「禁こ以上の刑に処せられ、その執行を終るまで又はその執行を受けることがなくなるまでの者」は、「条例で定める場合を除く外、職員となり、又は競争試験若しくは選考を受けることができない。」と、また、同法二八条四項は、「職員は、第一六条各号(第三号を除く。)の一に該当するに至つたときは、条例に特別の定がある場合を除く外、その職を失う。」とそれぞれ規定している。そして、これらは、いずれも禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終るまで又はその執行を受けることがなくなるまでの者を地方公務員から排除するという点では共通しているものの、同法一六条が「任用」の節に、また、同法二八条四項が「分限及び懲戒」の節に、それぞれ配置されていること及びその規定内容に照らせば、同法一六条は、公務員の任用についての欠格事由を、また、同法二八条四項は、公務員の任用後在職中の欠格事由をそれぞれ規定したものであると解される。

よつて、以下、在職中の欠格事由を規定した地公法二八条四項の合憲性について検討することとする。

(二)  憲法一四条一項は、「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」とし、国民に対して法の下の平等を保障している。そして、右条項において列挙された事由は例示的なものであつて、必ずしもそれに限るものではないと解するのが相当である。

しかし、右条項は、国民に対し絶対的な平等を保証したものでなく、差別すべき合理的な理由なくして差別することを禁止している趣旨と解すべきであるから、事柄の性質に即応して合理的と認められる差別的取扱をすることは、なんら右条項の否定するところではないと解すべきである(最高裁判所昭和三九年五月二七日大法廷判決、民集第一八巻第四号六七六頁参照)。

(三)  そこで、前記地公法二八条四項についてみるのに、同条項は、地方公務員が禁錮以上の刑に処せられた場合には、任命権者による何らの処分も必要とせず、法律上当然に当該職員を失職させる旨を規定したものであることは、その文言及び趣旨により明らかである。

(四)  ところで、地方公務員は、地方公共団体の住民全体の奉仕者として、実質的にはこれに対して労務提供義務を争うという特殊な地位を有し、かつ、その労務の内容は、公務の遂行すなわち直接公共の利益のための活動の一環をなすという公共的性質を有するものである。このような地位の特殊性及び職務内容の公共性に照らすならば、地方公務員について、その職の信用を傷つけるような事由が存在する場合には、単にその職場規律及び秩序の維持に悪影響をもたらすことにとどまらず、その職務遂行又は公務に対する地方公共団体の住民一般の信頼をゆるがせ、ひいては地方公務員全体に対する信頼を失墜させ、住民全体の共同利益を害するおそれすらなしとしない。

そして、地方公務員が禁錮以上の刑に処せられるということは、たとえその刑の執行を猶予されている場合でも、その職の信用を傷つける事由に該当することが明らかというべきである。

(五)  ところで、わが国は、刑事訴追に関して起訴便宜主義(刑事訴訟法二四八条)を採用しており、当該被疑事件について起訴するに十分な犯罪の嫌疑があり、かつ、訴訟条件が具備している場合でも、犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により処罰の必要がないと認められる場合には、検察官の裁量によつて公訴を提起しない旨の起訴猶予処分が行われることになる。そして、現に、こうした起訴猶予処分が広く行われており、また、処罰の必要があるとして起訴が行われる場合にも、現行刑罰法規がその所定刑中に罰金刑を広く定めていることもあつて、その大半は略式手続により罰金刑が科されているので、公判請求を受けて禁錮刑以上に処せられる事件の占める割合は低い(以上の事実は、当裁判所に顕著な事実である。)。従つて、こうしたわが国の刑事訴追制度の運用の実状に照らすならば、公判請求を受け、禁錮刑以上の刑に処せられた者は、その刑の執行を猶予されたかどうかを問わず、強度な反社会性を有する犯罪を犯したものであり、その犯情は重いということができる。

そうすると、地方公務員が禁錮以上の刑に処せられたということは、まさに、当該地方公務員が強度な反社会性を有する犯罪を犯したことが刑事裁判によつて公権的に確定されたということができるから、これによつて、その職に対する信用が毀損されることは明らかであり、更に、その結果として、地方公務員全体及び公務そのものに対する住民の信頼を損ない、住民全体の利益を害するおそれが生ずることも明らかというべきである。

(六)  以上に述べたような諸点に地公法二八条一項ないし三項所定のその他の分限事由及び同法二九条所定の懲戒事由の内容、趣旨を合わせ考えれば、地方公務員が禁錮以上の刑に処せられた場合には、その罪名及び罪質がどうであるか、また、実刑を受けたか刑の執行を猶予されたかどうかを問うことなく、当該公務員を失職させることとする規定を設けたとしても、これをもつて直ちに合理的根拠を欠き、地方公務員を一般私企業の労働者に比して不当に差別するものであると断ずることはできない。

従つて、地公法二八条四項が憲法一四条一項に違反するということはできない。

(七)  次に、原告は、禁錮以上の刑に処せられたという事実だけで、職務との関連性を問うことも、また、反証の機会を与えることもなく、公務員の資格を剥奪するものとしている地公法二八条四項の規定は、デュープロセスを保障した憲法三一条に違反する旨主張する。

しかしながら、禁錮以上の刑に処せられた地方公務員は当然に失職するものとした地公法二八条四項が憲法一四条一項に違反するものではないことは前述のとおりであり、禁錮以上の刑に処せられた地方公務員の失職措置は、このような地公法二八条四項に基づいて行われるものである以上、これをもつて、法律の定める手続によらないものであるということもできない。

(八)  なお、原告は、合衆国の判例及び学説をあげたうえ、地公法二八条四項は、デュープロセスの実体的要件である「合理的関連性」及び「反証を許さない推定」の原則に違反し、かつ、手続的デュープロセスの規定を有しないから、デュープロセスを保障した憲法三一条に違反する旨主張する。

しかしながら、各国の歴史的経験と伝統はまちまちであり、国民の権利意識や自由に対する感覚にもまた差異があるから、基本的人権に対して加えられる規制の合理性についての判断基準は、およそ、その国の社会的基盤を離れて成り立つものではない。これを公務員の資格制限についてみても、どのような事由を公務員の欠格又は失職の事由とするのか、また、これを定めるに当たつても、当該事由の発生によつて当然に失職するものとするのか、又は一定の審査手続を経たうえで失職させるものとするのかは、いずれも、それぞれの国の歴史的所産である社会的諸条件にかかわるところが大であるといわなければならない。そして、これを本件についていえば、その国の刑事訴追制度及び犯罪に対する国民一般の認識などが右の社会的条件に該当するということができるところ、〈証拠〉によれば、合衆国においては、州によって若干の差異がないでもないが、重罪及び軽罪という形式的な区分(この区分は、コモンローに由来するが、合衆国では制定法により、死刑又は州刑務所拘禁というような一定の刑が法定刑として規定されているものを重罪とする旨定めている州が多いことは、当裁判所に顕著な事実である。)に従い、単に重罪について有罪の宣告を受けたというだけで公務員たる資格の欠格又はその職からの失職を定めている例が多く、しかも、その制限は、必ずしも刑の執行の終了又は執行猶予期間の満了までに限られているわけではないこと並びに原告のかかげる判例及び学説は、このような重罪及び軽罪の区分(〈証拠〉によれば、合衆国においてもこの区分が必ずしも合理的ではないとの学説及び判例があることがうかがわれる。)に従つた欠格条項から生じる不合理かつ苛酷な結果を救済するために形成されたものであることがうかがえる。これに対し、わが国における資格制限の内容は前述のとおりであり、また、わが国の刑事訴追の実情においては、禁錮以上の刑に処せられた者は、その犯情が重く、強度な反社会性を有する犯罪を犯したものということができることも、前述のとおりである。

従つて、本件訴訟において原告のるる紹介する合衆国の判例及び学説は、前科と資格の制限という問題を考えるに当たつての一つの重要な参考資料であることは否定できないが、前述した社会的諸条件の違いを無視して、これをそのままわが国についてあてはめることはできない。

(九)  よって、地公法二八条四項が、憲法三一条に違反するとの原告の主張は採用することができない。

2  適用違憲の主張について

次に、原告は、仮に自動失職制度を定めた地公法二八条四項がそれ自体憲法一四条一項及び三一条に違反しないとしても、本件失職措置は、既に採用後長期間にわたり県立図書館に勤務して図書館職員としての実績があり、また、本件事件による執行猶予期間も経過している原告に対し、しかも、学生時代に自らの思想信条に基づき、大学改革の理想に従つた結果生じた非破廉恥罪につき、機械的に地公法二八条四項を適用して行われた不合理かつ苛酷な措置であるのみならず、こうした場合には、右結果を回避するため任命権者において再雇用をする義務があるのに、これを行わない被告の措置は、同条項の適用において憲法一四条一項及び三一条に違反する旨主張するので、この点について検討する。

(一)  地公法二八条四項、一六条二号は、自動失職制度について個々の地方公共団体が条例で地公法所定の欠格事由又は失職事由に対して特例を定めることを認めているが、前述したわが国における刑事訴追制度の運用の実際並びに自動失職規定の趣旨に照らすならば、こうした条例による特例がない場合に、単に禁錮以上の刑の対象となつた犯罪が非破廉恥罪であるというだけで、これを理由とする自動失職措置をその適用において違憲であると即断することはできない。

(二)  〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 原告は、昭和四四年当時龍谷大学文学部に在学中であつたが、同年九月二〇日、京都大学で行われていたいわゆる「京大カルチェ闘争」に参加し、同年一一月一日、往来妨害、兇器準備集合及び公務執行妨害の各罪で京都地方裁判所に起訴された(以上の事実は、起訴の年月日を除き、当事者間に争いがない。)。

(2) 原告は、昭和五二年四月二五日、前記各被告事件について京都地方裁判所で懲役一〇月、執行猶予二年の有罪判決を受け、右刑は、同年五月一〇日確定し、更に、昭和五四年五月一〇日には右刑の執行猶予期間も満了した(以上の事実は、当事者間に争いがない。)。

なお、右判決で認定された原告の罪となるべき事実の要旨は、「原告は、全共闘系学生(当時の全学共闘会議派学生)らと共謀のうえ、昭和四四年九月二〇日午後四時ころ、

(イ) 京都市左京区吉田本町所在の京都大学本部構内北門前付近今出川通り車道上において、同車道上一帯を解放区とするため同車道の交通を閉塞する目的で、同北門前車道上東側及び西側にそれぞれ机、椅子などを道路幅いつぱいに積み上げてバリケードを構築し、車両などの通行を不能にし、もつて、陸路を壅塞して往来の妨害を生じさせ(往来妨害罪)

(ロ) 右京都大学本部構内北門及び同大学理学部構内南門付近において、右バリケードの撤去及びこれに対する妨害排除などに当たつていた京都府警察本部警備部機動隊所属の警察官多数の身体に対し、共同して危害を加える目的をもつて鉄パイプ、石塊などの兇器多数を準備して集合し(兇器準備集合罪)

(ハ) 右理学部構内南門付近において、右警察官らに対して多数の石塊、火炎びんを投げつける暴行を加え、もつて、右警察官らの職務の執行を妨害(公務執行妨害罪)した。

というものである。

右認定事実によれば、本件失職事由の原因となつた行為は、仮にそれが原告の主張するように、原告の理想とする大学改革をめざす意図の下に行われたものであつたとしても、なお、目的のためには手段を選ばない独善的な行動と評価せざるを得ず、また、これら一連の行動が当時の社会及び法秩序に及ぼした影響も決して看過することができないから、これをもつて事案軽微又は非破廉恥罪ということはできない。

(3) そうだとすれば、本件失職事由の原因となつた行為が本件失職通知の一一年前の原告の学生時代における行為であることを考慮にいれても、このような犯罪を犯した原告が地方公務員として県立図書館という公共性の高い施設に在職することによつて、被告に勤務する公務員全体及び被告の公務自体に対する一般の信用を損なうおそれがないとはいえない。

(三)  次に、原告は、こうした自動失職制度を機械的に運用すれば、退職直前まで勤務していた職員が、数十年前の犯罪行為を理由に突然失職させられ、しかも、退職金も支給されないという悲惨な結果を生じることになるから、こうした場合の自動失職制度の適用は、それ自体、なお、憲法一四条一項及び三一条に反する旨主張する。

しかしながら、任命権者において、当該職員について禁錮以上の刑に処せられた事実を知りながら、長期間にわたつてこれを放置し、何らかの機会にいわば報復的な意図のもとに右の前科を理由として失職措置を取つた場合であって、右措置が禁反言ないし信義則の法理又は債権その他の権利関係の取得時効が問題となるような事案の場合は別として、本件のように、本件失職措置が失職事由の発生後三年にも満たず、かつ、後記のとおり、任命権者又はその補助職員であり、当該職員を指揮監督すべき立場にある管理職が失職事由の存在を知つていたことを認めるに足りる証拠のない事案においては、こうした適用違憲の問題が生じる余地はないといわなければならない。

(四)  更に、原告は、本件における原告のように既に長年月にわたり図書館職員として勤務し、その労働能力の実証をしており、他方、地公法二八条四項の機械的な適用が不合理かつ苛酷な結果を生ずる場合には、任命権者は、当該職員から再雇用の申し出があれば、他に懲戒事由等の特段の理由がない限り、これを再雇用する義務がある旨主張する。

しかし、地公法二八条四項により失職した元職員の欠格事由が消滅し、その後において当該職員から再雇用の申し出があつたとしても、前述した地方公務員の地位の特殊性や職務内容の公共性から、職員の任命については、地公法上、競争試験等の厳格な手続が定められていること(同法一七条以下)に照らすならば、任命権者に当該職員を再雇用(再任用)する義務があるとは到底解し得ない。

よつて、再雇用義務の存在を前提として不公平取扱いをいう原告の主張は、採用できない。

(五)  従つて、本件失職措置がその適用において、憲法一四条一項及び三一条に違反するとの原告の主張は、採用できない。

3  刑の執行猶予期間満了による任用関係の回復の有無について

(一)  原告は、仮に原告に対する地公法二八条四項の適用が違憲でないとしても、本件失職事由の発生後も労働契約関係成立の要件をなす勤務関係は継続しており、このように勤務関係が継続している間に、執行猶予期間の満了により刑の言渡そのものが効力を失つて原告の失格事由は消滅しているので、本件失職通知当時、失職の効力を生ずべき事由は存在しておらず、原告と被告との間の任用関係は継続している旨主張する。

しかしながら、前述したように、地公法二八条四項の定める失職制度は、当該失職事由が発生したこと自体により、任命権者の何らの意思表示をも要しないで当然に当該公務員を失職させるものであるから、失職の効力が生じたのちに失職事由が消滅するようなことはあり得ず、執行猶予期間の満了等により当該失職事由が地公法一六条所定の欠格事由に該当しなくなつたとしても、そのことにより、既に発生した失職の効力が左右されるものではない。

従つて、原告の右主張は採用できない。

(二)  次に、原告は、地公法二八条四項による失職は、任命権者による失職通知が行われた時点ではじめて法的、社会的事実となるものであるところ、本件失職通知が行われたときには、その通知の前提となる失職事由が存在しなかつたにもかかわらず、被告は、原告が積極的な組合活動家であることから、その排除を目的として同通知をしたものであるから、本件失職措置は不当労働行為として無効である旨主張する。

しかしながら、前述したとおり、地公法二八条四項所定の失職は、失職事由が発生したときに法律上当然に効力を生ずるものであるから、本件においては、原告に対する失職の効力は、本件事件の刑事裁判が確定した日である昭和五二年五月一〇日に当然発生しているのであつて、本件失職通知は、単に右失職の事実を通知する観念の通知にすぎない。

よつて、原告の右主張は、本件失職通知を行政処分又はこれと同視すべきものであるとみるという前提において既に失当であるから、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

(三)  更に、原告は、被告において、遅くとも昭和五二年八月ころまでには原告の欠格事由の存在を知つていながら、引き続き原告に対して勤務を命じていたのであるから、執行猶予期間の満了により原告の資格が回復した昭和五四年五月一一日の時点で無効行為の追認又は黙示の再雇用契約が成立し、それ以後原告は、公務員たる地位を取得しており、そうでないとしても、失職通知により実質的解雇をすることは許されない旨主張する。

しかし、無効行為の追認又は再雇用(再任用)の有無並びに信義則が問題となるためには、任命権者において原告に失職事由が存在することを知りながら、雇用関係(任用関係)を継続させていたという事情の存在することが前提となるところ、任命権者又はその補助職員であり、原告を指揮監督すべき立場にある県立図書館長及び同図書館課長らの管理職が後記認定の昭和五四年一二月の通報より以前に、原告に本件失職事由が発生したことを知つていたことを認めるに足りる証拠はない。

そして、かえつて、〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、前記起訴後保釈を認められ、その後判決宣告のあつた昭和五二年四月二五日までの間、おおよそ一か月に一回の割合で京都地方裁判所に公判のため出頭していたが、原告が被告に採用された昭和四七年以降は、その都度年次休暇を取つて出頭していた。もつとも、右年次休暇を取るに際しては、その理由を上司に告げていない。

(2) 原告は、本件失職措置を受ける以前には、同じく県立図書館に勤務している妻を除き、被告の職員には、昭和四九年同館所属の運転手に、また、昭和五〇年に同館資料課の職員にそれぞれ、自分が学生時代に学生運動をしていて逮捕、起訴され、現在は公判係属中である旨を話したことがあるだけであり、この二名の職員に対しても、それ以上事件の内容等にわたる説明はしていない。

(3) その後、本件事件が確定したのちである昭和五二年八月ころ、兵庫県須磨警察署の警察官二名が県立図書館を訪れ、当時の同館副館長田中邦雄に対し、原告が同館に勤務しているかどうかを尋ねたのをはじめとして、同署及び同明石警察署の警察官が数回同図書館を訪れて原告の動静を尋ねた。そして、その際、原告が以前学生運動に参加していた旨を述べ、成田空港反対の統一行動が予定されていた特定の日をあげて、原告がその日に年次休暇を取れば、通報してもらいたい旨の要請をしたこともあつた。

(4) 前記田中は、昭和五二年八月に警察官が初めて来館したのちまもなく、原告に対してその旨を告げるとともに注意を促したが、このときにも原告は、本件失職事由については何も話さなかつた。そして、県立図書館長並びに当時総務課長でもあつた右田中(同人は、昭和五二年四月一日から同年七月三一日までは、総務課長を兼任していた)及び同人の後任の総務課長である長谷川時男(同年八月一日以降)らの原告の上司は、警察が原告の動静を聞きに来るのを不審に思いながらも、原告に対してその理由を尋ねたことはなかつた。

(5) その後、昭和五四年一二月末ころに至つて、原告が有罪の判決を受けている旨の電話による通報があつたので、当局において、その対応策について協議した結果、右通報の真偽を確認するため、昭和五五年一月二八日、京都地方検察庁に職員を派遣して本件失職事由となつた判決の謄本を入手し、当局(原告の任命権者)は、この時点において、原告が禁錮以上の刑に処せられていた事実、すなわち、原告の本件失職事由の存在を確知するに至つた。

以上のような事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、右認定事実に特定の職員について失職事由に該当する刑が確定しても、現行法上、任命権者がこれを知りうる制度的保障のないことも合わせ考えると、原告の失職事由の発生から本件失職通知までに三年近くの期間が経過しているという点を考慮しても、被告において原告の失職を主張することが信義則上許されないということはできない。

従つて、原告の右主張も理由がない。

三以上のとおりであるから、原告は、昭和五二年五月一〇日、本件失職事由に基づいて地公法二八条四項、一六条二号により当然に失職しており、その後原告と被告との間には任用関係は存在しないものといわなければならない。

四そうすると、原告と被告との間の任用関係の存在を前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(村上博巳 笠井昇 田中敦)

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